返し馬とは?
競馬を予想する際、多くのファンは各馬の過去のレース結果を振り返り、他馬との比較を行い強弱をつけます。また、新聞を活用して予想を立てる際には、調教欄を確認したり、厩舎コメントを読んで馬の状態を把握することも重要です。私自身も、事前の予想は欠かせません。
ただし、競馬場への輸送などが影響し、レース直前の状態が事前に予想したものと必ずしも一致するわけではありません。そこで、予想に自信を持たせてくれるかどうかを確認する場所がパドックだと私は考えています。そのため、パドックを見て、事前の予想を大きく変更するのはあまり得策ではありません。パドックはあくまで、事前の予想を補完する役割を果たすものと考えると良いでしょう。
さらに、パドックを出た馬たちは本馬場に入場し、それぞれがウォーミングアップを行います。このウォーミングアップを「返し馬」と呼びます。ただし、すべての馬が返し馬を行うわけではなく、厩務員が馬とともにスタート地点まで歩く場合もあります。パドックで得た情報を元に、返し馬の際に本馬場での気配と照らし合わせて馬の状態をチェックすることをお勧めします。
返し馬はどこを見る?
パドックでは、レース発走の約15分前まで各馬が何周もするため、見逃したと思えば次の周回でしっかりとチェックすることができます。また、JRA-VANでは、後からパドック映像を確認することも可能です。
しかし、返し馬はレースに向けたウォーミングアップであり、チェックできるのは一度きりのチャンスです。ビッグレースの場合、人気上位馬の返し馬がVTRで放映されることもありますが、それもごくわずかです。16頭や18頭の多頭数の場合、馬が思い思いに散っていくため、記者席からでもチェックするのは大変です。
本格的に返し馬を見ようと考えているなら、いきなりすべての出走馬をチェックしようとせず、自分が狙った数頭、極端に言えば本命馬だけでもしっかり見極めることから始めると良いでしょう。目が慣れてくれば、徐々にチェックする馬の数を増やしていき、返し馬を見るコツをつかめるようになるはずです。
返し馬をチェックする際、最も注目すべきは、パドックでうるさかったり、逆に大人しかったりと極端な気配を見せた馬たちです。騎手が跨って本馬場に登場した時、その気配の変化を読み取ることが重要です。パドックの時より本馬場に入った時の方が馬のテンションが高くなるのが自然です。
馬はレースが近づくにつれ、テンションが上がるため、レースへの緊張感が高まっていると考えられます。そのため、パドックでの状態が返し馬をチェックする際に不可欠な材料となります。
パドックで馬の状態をチェックする
返し馬を見る前に、まずは出走各馬をパドックでチェックすることが重要です。パドックでは、腹回りや歩様(ほよう)、イレ込みなどの気配を重点的に見ます。返し馬に焦点を当てた場合、特に重要視すべきファクターは、馬のイレ込みや落ち着き度合い、そして歩様です。
先述のように、パドックで騎乗命令が掛かり、ジョッキーが騎乗すると馬は緊張し、腹回りも引き締まります。落ち着いていた馬が、パドックで周回していた時よりもピリッとした印象を受ける場合、それはレースに向けて集中力が高まっているサインだと考えて良いでしょう。
逆に、ジョッキーが跨ってもボーっとした印象が変わらない場合は、まだレースに向けた緊張感が不足している状態だと言えます。うるさい馬に関しては、パドックでのイレ込み具合をどのように判断するかは難しいですが、目が血走っているかを確認することが有効です。
テレビで判断するための材料として、発汗の量も重要です。暑い日にはポタポタと汗が落ちる程度のものは問題ありませんが、ゼッケン周りや股間から白い泡状の汗が多く出ている場合は、イレ込みのサインと捉えます。
普段からうるさい馬には、ガムチェーン(リップチェーンとも呼ばれる馬具)が使われることがあります。この馬具は、馬の歯ぐきを鎖で締め付けてイレ込みを抑えるためのもので、パドックでチェックする際、ガムチェーンをつけている馬が本馬場に向かう際にスムーズに動けているかを注意深く見る必要があります。また、ホライゾネット(目穴部分がネットで覆われている馬具)がパドックで使われることがあり、これを外した後の気配にも注目しましょう。
さらに歩様において、最も注目すべきは馬の後肢(トモ)の運びです。馬の体構造では、トモの可動域に合わせて前肢が出るため、前肢の捌きが硬く見える場合でも、トモの運びがしっかりしていれば、走る際に安定したフォームを保つことができます。トモの可動域を見る際には、メトロノームをイメージし、片方に傾けた分だけ反対方向にも同じ角度で針が動き、リズムを刻むように、トモの運びもしっかりと踏み込んで蹴ることができているかを観察することが求められます。
パドックと返し馬後の状態を比べてみる
パドックでおとなしかった馬が、気合不足と感じる場合がありますが、この状態でも騎手が気合をつけて、スピードに乗せて返し馬を行うことが考えられます。馬場に入ることで馬の気持ちが高まり、騎手が気合いをつけなくてもスムーズに返し馬に入った場合は、理想的な返し馬ができたと評価できます。
一方、パドックでうるさかった馬は、騎手が気を使い、テンションを上げないように注意を払います。騎手と馬がうまくコミュニケーションを取れている場合、意外と本馬場に入った時に落ち着き、スムーズに返し馬を行うことができることがあります。このような状態が理想的です。逆に、馬場に入ると急に走り出してしまうのを防ぐため、正面を向かせず、斜めに進行させる「カニ走り」という状態になることもあります。この「カニ走り」は、馬が落ち着かない状態を示しており、返し馬を行うタイミングとしては、周囲に他の馬が少なくなってから行うことが多いです。また、場合によっては、そのまま歩いてゲート付近まで行くこともあります。
「カニ走り」のように、馬がうるさくて落ち着かない状態で返し馬に行くのは理想的ではありませんが、軽く走りながらでも返し馬を行うことの方が、全く返し馬を行わないよりもレースでのパフォーマンスに良い影響を与えることが多いです。
この点を踏まえて、うるさい馬でも、騎手とのコミュニケーションを大切にし、落ち着かせながら返し馬をスムーズに行えるかどうかを見極めることが重要です。騎手の技術と馬との信頼関係が、このプロセスにおいて非常に大切な要素となります。
走行中のフォームを確認する
馬が全力で走る時は、重心が沈み、前肢が投げ出され、後肢がしっかりとキックをしてダイナミックなフットワークを見せます。しかし、返し馬ではオーバーワークを避けるため、大きなフットワークは必要ありません。レース中の最後の直線を思い出してみてください。騎手は、全力疾走させるために脚を溜めるために手綱を抑え、直線でのフォームよりも明らかに小さなフットワークで走ります。この状態が「まとまった走り」であり、返し馬における理想的なフットワークの目安となります。
レース中のまとまった走りは、騎手がこれから全力で走らせるために行う準備の一環ですが、返し馬はレース前のウォーミングアップですので、ある程度走らせた後にすぐ止めなければなりません。返し馬においては、レースの序盤で見せる、まだトップスピードに乗らない段階の騎手の手綱の位置よりも、拳が高めに位置し、引っ張り気味の姿勢で行うことが一般的です。この位置に拳があれば、馬も自然と頭が少し高めの走りになりますが、極端に頭が高くならなければ、この状態を気にする必要はありません。返し馬ではあくまで無理なくスムーズに行うことが重要です。
騎手とコンタクトが取れているかをチェックする
返し馬において理想的な状態は、馬が行く気になりながらも、騎手が手綱を極端に引っ張ることなく、拳を馬のキ甲(クビの後ろの盛り上がった部分)辺りに置いてリラックスして走ることです。このような返し馬は、馬と騎手の間に良いコミュニケーションが取れている証拠です。一方、行きたがる馬を無理に抑えつけるように騎手が手綱を引き、馬が頭を上げた状態で走る返し馬は、あまり感心できません。
人馬のコミュニケーションを感じる例として、出走各馬が本馬場に入って返し馬を行う中、外ラチ沿いで1頭だけ待機し、周りに馬がいなくなったタイミングで、ファンの前を軽く返し馬を行う騎手がいます。特に横山典弘騎手が代表的ですが、このような返し馬を行う騎手は最近増えてきている印象です。
馬は集団で行動する動物なので、新馬戦では特に返し馬の動作が予測できません。出走馬がまとまって返し馬を行うことが多い中、他の馬と一緒に返し馬をできない馬は不安を感じることがあります。この不安を逆手に取るため、騎手が「俺がついているよ」と馬に伝え、最後に返し馬を行うことで信頼関係を築くことができます。
特に外ラチ沿いで返し馬を行う馬は注目に値します。その走り方や騎手の指示の仕方をチェックすることで、理想的な返し馬を見極めることができるでしょう。
まとめ
返し馬は1度しかチェックできない貴重な瞬間であり、その重要性は非常に高いものです。しかし、その観察ポイントは多岐にわたり、プロでも非常に難しい作業の1つです。それでも、レース直前の状態をチェックできる機会であり、走る姿を観察できる貴重な瞬間だからこそ、馬券に結びつけるためにしっかりと見方を学びたいというファンが多いのも理解できます。
冒頭でも述べたように、最初から全ての出走馬をチェックしようとするのではなく、まずはパドックで気になる1頭を見つけ、その馬の返し馬に注目する癖をつけることが大切です。レース後、その馬の結果を振り返り、自分の予想がどれほど正確だったかを見極め、必要に応じて修正を加え、そのデータを蓄積することで、返し馬の見方が着実に向上するでしょう。
また、JRA-VANには多くの便利なサービスがあります。PCソフト「JRA-VAN NEXT(ネクスト)」やスマートフォンアプリを利用すれば、過去のレースデータ、出馬表、オッズ、調教データ、血統情報など、さまざまな情報を手軽に利用できます。さらに、ニッチなデータを探したい方には「JRA-VAN DataLab.(データラボ)」、予想を簡単に行いたい方には「JRA-VAN TRY」など、競馬ファンに愛用される多機能なツールが揃っています。これらのツールを上手に活用しながら、返し馬を含むレース前の観察を深めることができます。